NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

『次室士官心得』2

『次室士官心得』より。

 良き時代の海軍は、身体のこなしも心のあり方も、総じてコチコチになるのを嫌いました。いわゆる心身のフレキシビリティというものを大事にしたのだが、これまた海軍の伝統だったのです。
 中学を出て、江田島兵学校へ新しく入って来た生徒たちに、教官なり、上級生がまず言って聞かせる言葉が、「貴様たち、アングルバーじゃ駄目だぞ。フレキシブル・ワイヤでなくてはいかん」。アングルバーというのは、字引を引くと、「山形鋼」と出ていますが、要するに橋梁の工事現場なんかに置いてあるがっちりした鉄材のことらしい。あれは一見、立派で丈夫そうに見えるけれど、そのもの自体として、何の働きもしない。それに引きかえ、船のデリックからだらっと下っているフレキシブル・ワイヤ、こいつは何十トンもの重量物を上から下へ、右から左へ、自由に移動させることが出来る。海軍士官となるべきお前たちは、同じ鋼材でもコチコチの方ではなく、ぐにゃぐにゃの方を志せというんですから、世間の人が想像している軍隊の教え大分違いました。

─ 阿川弘之著『高松宮と海軍


以下、上村嵐著『海軍の「士官心得」―現代組織に活かす』より抜粋。

『次室士官心得』


第二 次室の生活について

  • 我をはるな。自分の主張が間違っていると気づけば、片意地をはらず、あっさりと改めよ。我をはる人が一人でもおると、次室の空気は破壊される。
  • 朝起きたならば、ただちに挨拶せよ。これが室内に明るき空気を漂わす第一要因だ。
  • 次室にはそれぞれ特有の気風がある。良きも悪きもある。悪き点のみを見て、憤慨してのみいてはならない。神様の集まりでないから、悪い点もあるであろう。かかるときは確固たる信念と決心をもって自己を修め、自然に同僚を善化せよ。
  • 上下の区別を、はっきりとせよ。親しき仲にも礼儀を守れ。 自分のことばかり考え、他人のことをかえりみないような精神は、団体生活には禁物。自分の仕事をよくやると同時に、他人にも理解を持ち、便宜を与えよ。
  • 同じ「クラス」のものが、三人も四人も同じ艦に乗り組んだならば、その中の先任者を立てよ。「クラス」のものが、次室内で党をつくるのはよろしくない。全員の和衷協力はもっとも肝要なり。利己主義は唾棄すべし。
  • 食事に関して、人に不愉快な感じを抱かしむるごとき言語を慎め。たとえば、人が黙って食事をしておるとき、調理がまずいといって割烹を呼びつけ、責めるがごときは遠慮せよ。また、会話などには、精練された話題を選べ。
  • 次室内に、一人しかめ面をしてふくれているものがあると、次室全体に暗い影ができる。一人愉快な朗らかな人がいると、次室内が明るくなる。
  • 暑いとき、公室内で仕事をするのに、上衣をとるくらいは差し支えないが、シャツまで脱いで裸になるごときは、はなはだしき不作法である。
  • 次室内における言語においても気品を失うな。他の人に不快な念を生ぜしむべき行為、風態をなさず、また下士官考課表等に関することを軽々しく口にするな。ふしだらなことも、人に属することも、従兵を介して兵員室に伝わりがちのものである。士官に威信もなにも、あったものでない。
  • 趣味として碁や将棋は悪くないが、これに熱中すると、とかく、尻が重くなりやすい。趣味と公務は、はっきり区別をつけて、けっして公務を疎かにするようなことがあってはならぬ。
  • お互いに、他人の立場を考えてやれ。自分のいそがしい最中に、仕事のない人が寝ているのを見ると、非難したいような感情が起こるものだが、度量を宏く持って、それぞれの人の立場に理解と同情を持つことが肝要。
  • 夜遅くまで、酒を飲んで騒いだり、大声で従兵を怒鳴ったりすることは慎め。

高松宮と海軍

高松宮と海軍

海軍の「士官心得」―現代組織に活かす

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