「多神教」システムと政治の安定
「【正論】宗教学者・山折哲雄 『多神教』システムと政治の安定」(産経新聞)
→ http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091221/plc0912210304002-n1.htm
≪「仕分け」の意味が変わる≫
今年は、海の向こうの「チェンジ」で陽(ひ)が昇り、海のこちらの「政権交代」で暮れようとしている。年末になって周囲を見渡せば、仕分ける人と仕分けられる人がマスコミという土俵の上で四肢(しこ)をふみ、睨(にら)み合いぶつかり合っている。
「仕分ける」という言葉を誰が発明したのかは知らないが、以前それはたしか「評価する」ということだったのではないだろうか。それがいつのまにか、魚や野菜の代金や種類を仕分けるように、ヒトの行動や人格までを仕分けるようになったということになるのだろう。
ふと、思い出す。経済が上向きになりかけたとき、われわれの社会に「コメ作り」という言葉が流行(はや)りだした。「稲作」という言葉がいつのまにやらワキに押しやられ、クルマを作るようにコメを作りだしたのだった。そんなことまでが念頭によみがえる。
さて、その「政権交代」のことであるが、私はかねて、民主主義という政治システムにもっとも適合的な宗教システムが多神教というものではないかと単純に考えてきた。というのも多神教こそ、それがどの文明圏に発生したものであれ、多元的な価値を前提に多様な人間集団を結合する宗教システムとして機能してきたのではないかと思っていたからだ。
ところが、それにたいして宗教世界の一神教は、ご承知の通りただ一つの神を信ずる宗教のことだった。キリスト教やイスラム教はそのような一つの神を超越神とか絶対神と呼んで、地上的なものとは隔絶する価値をもつものとみなしてきた。
≪民主制度と一神教の矛盾≫
おそらく、そのためだったのであろう。私の常識的な感覚では、このような一神教は政治の領域における専制支配や絶対君主制と対応するように映っていたのである。なぜなら超越神が全宇宙を支配しているように、この地上世界をいわば民衆の頭ごしに超越的に支配しようというのが専制支配であり、絶対君主制であるようにみえたからだった。要するに、一神教とは、宗教の世界における独裁体制だったのではないか、と。
ところが、である。私には歴史の皮肉としか思えないのであるが、まさにその一神教的な土壌から産みおとされたのが、あのデモクラシーという近代のもっとも洗練された政治体制だった。イギリスの民主的な議会政治もフランス革命の急進的な民主主義も、みなこのような一神教的な風土の申し子だったのではないか。
なぜそうだったのか。ヨーロッパの歴史を語るときにしばしばいわれることであるが、近代以前の多元的な政治主体は、既得権力や利権とふかく結びついていた。それは一面でたしかに多神教的に割拠する形をとってはいたが、いわゆるデモクラシーとは似て非なる政治体制をつくりだしていた。そして、そのような権力や利権の源泉を打ち砕くためにこそ、たとえば絶対君主制のような権力が必要だったのであり、一神教のような超越的な権威が重要な役割を演ずるようになったのだ、というわけである。
近代民主制と一神教の相互関連、という問題である。おそらくその通りであろうと思うのであるが、ただ、もしもそうであるとすると、一神教を知らなかった日本列島の政治システムの現状と将来はいったいどうなるのかというのが、今日の「政権交代」劇を前にしていても、いぜんとして心を去らない疑問なのである。
≪神仏共存が平和社会生む≫
ここで話は、いきおい歴史の回顧へとむかうことになるが、わが国では平安時代の390年、江戸時代の250年という長期にわたる「平和」の時代があったことにご注意いただきたい。このようなことは西欧の歴史においてはもとより、中国やインドにおいても見出(みいだ)すことができないのである。いったい、一国の政治体制として、どうしてそんな奇跡のようなことが可能になったのか。
その原因はいろいろ考えられるであろうが、細部を省略していえば、その2つの時代においては政治と宗教の間にじつに良好なバランスがとれていたからではないかと私は思っているのである。国家と宗教の相性が良かったからだ、といってもいい。そしてそのことを深い文脈において可能にしたのが、神仏共存の宗教システム、すなわち神(カミ)の領域と仏(ホトケ)の領域をすみ分ける多神教的なシステムだったのではないだろうか。いってみれば、多神教的なエートスが酵母となって、政治や社会の安定に寄与していたのではないかということだ。
ただ、困難な問題がまさにそこから発生するはずである。なぜなら、そのように一神教を知らないわが国の政治が、はたして西欧型の民主制を真に受肉することができるのかという疑問がおこるからである。
この年末、「仕分け」のドラマが一時休戦状態に入っているなかで、あらためて考えてみたい事柄である。
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