NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

歩くな、危険!

『産経抄』より。
 → http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080630/trd0806300254001-n1.htm

 10日ほど前の小欄で、「出羽守(でわのかみ)」という言葉を使ったところ、どういう意味かと、読者のみなさんから問い合わせがあった。アメリカでは、などと主に欧米諸国を引き合いに出して、日本批判を展開する人のことをいう。
 ▼エスカレーターを利用するとき、右側に立ち、左側を開けるという大阪の習慣は、昭和45(1970)年の大阪万博で始まったという説がある。欧米からの来訪者のために、ロンドンやニューヨークで見られる光景に倣おう。そんな「出羽守」的発想だったらしい。
 ▼その後東京にも伝わったが、なぜか左側に立ち、右側を開ける逆の乗り方になった。ともかく、先を急ぐ人のために、片方のステップを開ける習慣は、マナーとして定着していった。それを守らない人をとがめる意見を、小紙でも見かけたことがある。
 ▼25日付談話室に載った体験談で、徳永清さん(74)を怒鳴った若い男もそう信じていたに違いない。品川区に住む徳永さんは、左半身不全まひの障害のため、“東京ルール”に従うことができず、右手でベルトをつかんでいた。そのことを説明して、「急ぐなら階段を」と話すと、男は逃げるように去ったという。
 ▼実はエスカレーターのメーカーも、「歩行は危険」の立場だ。作家の山口瞳が、かけこみ乗車についてこんな言葉を残している。「人生というものは短いものだ。あっという間に年月が過ぎ去ってしまう。しかし、同時に、どうしてもあの電車に乗らなければならないほどに短くはないよ。…それに第一、みっともないじゃないか。」
 ▼エスカレーターを駆け上がるのは、合理的な習慣なのか、それともみっともないのか。出羽守に頼らず、日本独自のマナーづくりを考えるときではないか。


「【断 呉智英】歩くな、危険!」(産経新聞)
 → http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080530/acd0805300345002-n1.htm

 五月九日、名古屋の地下鉄駅でエスカレーターが突然逆行を始め、乗客が将棋倒しとなった。利用客が少ない時間でもあり、さほど長くないエスカレーターでもあったが、何人もの怪我人が病院に運ばれた。この事故を機にエスカレーター利用時の「片側歩行」という陋習(ろうしゅう)の見直しをすべきだ。
 私は仕事の都合上、頻繁に上京し、JR東京駅の中央線用エスカレーターを利用する。このエスカレーターは相当距離が長く、上から下を見ると目が眩(くら)みそうだ。そのすぐ横を人々が早足ですり抜けてゆく。手荷物や傘が引っかかることもよくある。ラッシュ時に名古屋の事故と同じようなことが起きたら大惨事だ。片側歩行をやめるだけでその危険は半減する。
 この片側歩行は奇妙な慣行である。東京圏では右側を、関西圏では左側を、歩行スペースとして一列分空けておくのが「暗黙の義務」と化している。むろんそんな義務はどこにもなく、現に名古屋では片側歩行を禁止し、駅などにその旨の掲示がある。そもそもこんな危険な慣行が、何か近代的市民の常識でもあるかのように広がり出したのは、ここ十年ほどのことだ。それ以前は片側歩行などなくても誰も困りはしなかった。冷静に考えれば、こんなことをしても何秒の節約にも、何メートルの節約にもなりはしないではないか。
 この片側歩行をいち早く提唱したのが、ジャーナリストの本多勝一だった。名古屋の事故も踏まえて、最近はどうお考えなのか、御高見を聞いてみたい気がする。


『エスカレーターご利用の際に』(日本エレベータ協会) http://www.n-elekyo.or.jp/comf/esc_use_01.html