NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

義をもって倒るるとも不義をもって生きず

今日は会津藩9代藩主 松平容保公の命日です。(明治26年12月5日)
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最後まで筋を通した、義の人。


星亮一さんのことば(『その時歴史が動いた』より)

 当時の日本はですね、すべて長いものに巻かれろですよね、幕府の御三家だってですね、みんな薩摩・長州についちゃう訳ですよね、唯一、会津藩会津藩の心情を深く理解した仙台、米沢、長岡、盛岡とかですね、その人たちが、会津の言うことはもっともなことだということで列藩同盟を作って応援した訳ですよね。ですから会津武士は、たとえ負けても我々には正義はあったと、決して無意味ではなかったと。それでもって戦いをしたというこのアイデンティティは、どんな風な時代になろうが、我々誇りを持って語り継いで行くんだと。それは歴史に大きく残ったということです。

また司馬遼太郎さんはこうも言っています。

 会津藩というのは、封建時代の日本人がつくりあげた藩というもののなかでの最高の傑作のように思える。300に近い藩の中で肥前佐賀藩とともに藩士の教育水準が最も高く、さらに武勇の点では佐賀をはるかに抜き、薩摩藩と並んで江戸期を通じての二大強藩とされ、さらに藩士の制度という人間秩序を磨き上げたその光沢の美しさに至ってはどの藩も会津におよばず、この藩の藩士秩序そのものが芸術品とすら思えるほどなのである。

松平容保』(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E5%AE%B9%E4%BF%9D
会津藩』(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E8%97%A9
http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20071017
http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20071013
http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20051205
http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20050823

幾人の 涙は石にそそぐとも その名は世に 朽ちじとぞ思ふ

なき跡を 慕うその世は隔たれど なお目の前の 心地こそすれ

― 松平容保



松平容保は朝敵にあらず (中公文庫)

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会津武士道 侍たちは何のために生きたのか

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会津士魂 1 会津藩京へ (集英社文庫)

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