「法隆寺」
「創建法隆寺の壁画片出土 国内最古の7世紀初めに彩色 」(朝日新聞)
→ http://www.asahi.com/culture/update/1201/012.html
奈良県斑鳩町の法隆寺で、7世紀初めの彩色された壁画片約60点が出土したと1日、同町教委が発表した。聖徳太子が造ったとされる創建法隆寺(若草伽藍(がらん))跡の西側で見つかり、日本書紀に記述される670年の火事で焼失した寺の金堂や塔の壁画とみられる。全体の絵柄は不明だが仏画の一部とみられ、壁画としては国内最古。破片は1000度以上の高温にさらされていることが分かり、創建法隆寺の焼失を裏づける有力な物証ともなった。
「最古、法隆寺で寺院壁画の破片出土」(読売新聞)
→ http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20041201it13.htm
「国内最古の本格彩色壁画か 法隆寺若草伽藍で出土 」(産経新聞)
→ http://www.sankei.co.jp/news/041201/bun088.htm
「法隆寺:日本最古の寺院壁画を確認 炎上も確実に裏付ける」(毎日新聞)
→ http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20041202k0000m040043000c.html
「法隆寺の名前が最初に『日本書紀』に出てくるのは法隆寺の火災の記録である。天智九年(670)四月三十日の次のような記事である。
『夏四月(うづき)癸卯(みづのとのう)の朔壬申(ついたちみづえのえさるのひ)に、夜半之後(あかつき)に、法隆寺に災(ひつ)けり。一屋(ひとつのいへ)も余ること無し』つまり法隆寺全焼の記録である。ところがこれより一年前の天智八年冬の記事に、時に『斑鳩寺に災(ひつ)けり』という記事がある。
『日本書紀において、しばしば寺名は古い名と新しい名で呼ばれる。飛鳥寺、法興寺、元興寺は同じ寺であり、代官大寺、大安寺は同じ寺である。同じように法隆寺と斑鳩寺は、同じ寺のはずである。同じ寺が一年前に焼け、また再び全焼する。これも奇妙なことであるが、何よりも奇妙なのは、法隆寺あるいは斑鳩寺について、いつ建てられたという記事はなく、ただ焼けたという記事のみあることである。」 (梅原猛 著 『隠された十字架―法隆寺論』)
『法隆寺』 http://www.horyuji.or.jp/
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