坂口安吾による織田作之助追悼文
明日は安吾忌。
織田の死
先日織田と太宰と僕との座談会があつて、織田が二時間遅れてきたので、太宰と僕は酒を飲みすぎて座談会の始めから前後不覚という奇妙なことになつたが、この速記を編集者が持つてきた。織田と太宰はすでに速記に手を入れていた。読んでみると、織田の手の入れ方が奇妙である。座談会の手入れというものは、言い足りなかつた意味を補足するのが通例だろうが、織田はそういう手の入れ方もしているけれども、全然喋(しゃべ)らない言葉、つまり三味の合いの手のような文句を書き入れている。実際には喋らなかつた言葉であり、あつてもなくともよい言葉なのだが、それがあると、読者が面白がつたり、たのしんだりするに相違ない馬鹿馬鹿しい無意味な言葉だ。
それを書きたすことによつて彼が偉く見えるどころか、むしろ大いに馬鹿に見える。あべこべに他の二人が引立つような書き入れなのだ。尤(もっと)も逆に自分が引立つような書き入れもあるが、他より偉く見せるのが目的ではないので、要するに読者をたのしませてやろうというのが目的なのである。
こういう奇妙奇天烈な魂胆というものは、自ら戯作者を号する荷風先生などにも見当らぬ性質のもので、見上げた根性だと感心した。彼は書きすぎた犠牲者で、彼自身も身を入れて一つの作品に没入したいという意志をもらしていたのであり病気はむしろ良い時期だと思つていた。
あの徹底的な戯作者根性に肉体質の思想性というものが籠つたなら大成すべき稀有(けう)な才筆家で、その才筆は谷崎以来、そして、谷崎以上のものであつたが、才筆の片鱗(へんりん)を残したゞけで永眠したとは。
(十一日夕記)
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山本周五郎
「世間にゃあ表と裏がある、どんなきれい事にみえる物だって、裏を返せばいやらしい仕掛けのないものは稀だ、それが世間ていうもんだし、その世間で生きてゆく以上、眼をつぶるものには眼をつぶるくらいの、おとなの肝(はら)がなくちゃならねえ」
── 山本周五郎 (『山本周五郎のことば』)
昭和42年(1967)2月14日 山本周五郎 没。
周五郎のことば、十選。
- 「人間が欲に負けるというのはつくづく悲しいもんだと思いますよ」(『さぶ』)
- 「世の中には生まれつき一流になるような能を備えた者がたくさんいるよ、けれどもねえ、そういう生まれつきの能を持っている人間でも、自分ひとりだけじゃあなんにもできやしない、能のある一人の人間が、その能を生かすためには、能のない幾十人という人間が眼に見えない力をかしているんだよ」(『さぶ』)
- 「人間はみな同じような状態にいるんだ、まぬがれることのできない、生と死のあいだで、そのぎりぎりのところで生きているんだ」(『樅ノ木は残った』)
- 「――意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きて御奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護(もり)立てているのは、こういう堪忍や辛抱、――人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ」(『樅ノ木は残った』)
- 「人間としをとればいろんなことがわかってくる、わかるにしたがって世の中がどんなにいやらしいか、人間がどんなにみじめなものか、ってことがはっきりするばかりだ」(『へちまの木』)
- 「にんげん生きてゆくためにゃあ、どんな恥ずかしいことも忍ばなくちゃあならねえときがある、気にしなさんな、そのうちに慣れるさ」(『へちまの木』)
- 「世の中は絶えず動いている、農、工、商、学問、すべてが休みなく、前へ前へと進んでいる、それについてゆけない者のことなど構ってはいられない、――だが、ついてゆけない者はいるのだし、かれも人間なのだ、いま富み栄えている者よりも、貧困と無知のために苦しんでいる者たちのほうにこそ、おれは却って人間のもっともらしさを感じ、未来の希望がもてるように思えるのだ」(『赤ひげ診療譚』)
- 「あなたの持っている才能も、このままではだめだ、もっと迷い、つまづき、幾十たびとなく転び、傷ついて血をながし、泥まみれになってからでなくては、本物にはならない」(『虚空遍歴』)
- 「人間は自分のちからでうちかち難い問題にぶっつかると、つい神に訴えたくなるらしい、――これがあなたの御意志ですかとね、それは自分の無力さや弱さや絶望を、神に転嫁しようとする、人間のこすっからい考えかただ」(『おごそかな渇き』)
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「リベラルであること」
「100分 de 名著『大衆の反逆』オルテガ」
→ http://www.nhk.or.jp/meicho/」
第2回 リベラルであること
【放送時間】
2019年2月11日(月・祝)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年2月13日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年2月13日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
中島岳志(東京工業大学教授)…著書『保守と立憲』『保守と大東亜戦争』等の著書で知られる政治学者。
【朗読】
田中泯(舞踊家)
【語り】
小口貴子
オルテガは、大衆化に抗して、歴史的な所産である自由主義(リベラリズム)を擁護する。その本質は、野放図に自由だけを追求するものではない。そこには「異なる他者への寛容」が含意されている。多数派が少数派を認め、その声に注意深く耳を傾けること。「敵とともに共存する決意」にこそリベラリズムの本質があり、その意志こそが歴史を背負った人間の美しさだというのだ。そして、自らに課せられた制約を積極的に引き受け、その中で存分に能力を発揮することこそが自由の本質だと主張する。第二回は、オルテガの思想を通して、自由やリベラリズムの本質を明らかにしていく。
オルテガ『大衆の反逆』 2019年2月 (100分 de 名著)
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菜の花忌
司馬遼太郎は、けっして読者を萎縮させない。逆に、やさしく励まして、元気づける。面白く、興じて、談笑をさそう。陽気で、活発な、心おどりを生む。人の世の、むつかしさ、を描きながら、意気を消失させないのである。ハッパをかける、のではなく、慰撫して、医(いや)す、のである。いや、単に、医す、と言ったのでは当をえない。心の病気にならぬよう、あらかじめの治療をほどこすのである。すなわち、精神の衛生学、である。病に至らぬための、日常不断の手当である。まだ一般的ではないが、未病(みびょう)、という言葉がある。病に至らぬための工夫と手当を指す。病におちいってからでは遅い。医学の極意は未病であろう。司馬遼太郎の述作は、精神の未病学、とも言えようか。司馬遼太郎の作品を読みうること、それは、現代人のおおいなる幸福である、と私は信じる。
── 谷沢永一(『司馬遼太郎の贈りもの』)
今日は菜の花忌。
平成8年(1996年)2月12日、司馬遼太郎 没。
『司馬遼太郎記念館』 http://www.shibazaidan.or.jp/
歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」
と答えることにしている。
私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。
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紀元節・建国記念の日
「建国をしのび、国を愛する心を養う」建国記念の日。
かつて私は「建国記念の日」反対運動に反対した。お蔭で売物の保守反動を通り越し極右翼扱ひされるに至った。私が望んだのは「建国記念の日」などといふ「休日」ではなく、紀元節といふ「祝日」なのであり、これを突破口としての祝祭日の再検討と制定し直しなのである。戦後の「祝日」と称するものは殆どすべて「休日」に過ぎない。それだけの事なら、そんなものは全廃して毎週土日連休にした方が働くにも遊ぶにも遙かに効率が良い。
祝祭日が休日と違ふのは、それに儀式や行事が伴ひ、それを通して国民、或は集団が連帯感を確認する事にある。その点で多少とも「祝日」の名に値する戦後の「祝日」はメーデー一日あるのみと思ふが如何。「建国記念の日」は憂国といふ国民的連帯感の養成については、階級的連帯感の目醒めを促すメーデーに遠く及ばなかった。
日本人が日本を愛するのは、日本が他国より秀れてをり正しい道を歩んで来たからではない。それは日本の歴史やその民族性が日本人にとつて宿命だからである。
人々が愛国心の復活を願ふならば、その基は宿命感に求めるべきであつて、優劣を問題にすべきではない。日本は西洋より優れてゐると説く愛国的啓蒙家は、その逆を説いて来た売国的啓蒙家と少しも変わりはしない。その根底には西洋に対する劣等感がある。といふのは、両者ともに西洋といふ物差しによつて日本を評価しようとしてゐるのであり、西洋を物差しにする事によつて西洋を絶対化してゐるからである。
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「言ってはいけない」事実をどう扱うか
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